南泉寺

南泉寺は、樽井の台地に専徳寺・受法寺などとともに寺町を形成し、根来の配下として防御線を築いていた。秀吉の紀州攻めで全焼したのち寛文3年(1663)に再建され、南泉寺となる。
南泉寺は樽井の地名発祥の寺として知られ、本堂裏の墓地の草陰にかくれて『虚空蔵(こくうぞう)井戸』がある。由緒書きによると「名水あり、垂井と号す」ということらしい。
 永禄五輪塔など、1500年代の古い五輪塔が数基、境内で見られる。昭和29年、庫裏の後方で藤原後期の瓦と同じ瓦の破片を発見した。また付近で工事中にも同じ瓦が発見され、このことから広大な寺域であった事が推定される。

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